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ミき下の【スミつき】

脳の溶ける文章

【その夜は静か】

 

 その夜は静かでした。
 その夜は静か。
 その夜は、その夜は夜は夜は。
 静かでした。
 沈黙を排して、風に染まるこの夜。
 ぴたり風が止み、やはりその夜は静かです。
 誰彼も寝静まっている、この夜はとても静かでした。
 虫たちも安全に過ごせる、この夜は静かです。
 あの夜と先の夜の点と点を繋ぎ合わせて、始めからこの夜は静かでした。
 静かで、静かで。
 きっとこの先も静かでしょう。
 たぶん静かでしょう。
 静かでしょうか。
 静かでした。
 海の声、波の音、いつもより静かに聞こえました。
 大波は小波にならって、小波は砂浜にならって、同じように静かでした。
 ゆっくりここにいなよと優しく語りかける誰かさんの吐息は白くて静かでした。
 あまりにも静かで、それが少しだけ寂しくて、涙でなく汗で、昼間でなく夜で、昼夜という表現もありますが、それは夜でした。
 加えてものすごく静かでした。
 夜行性の動物もいて、鳴いたり駆けたりなどしていましたが、それを差し引いても静かでした。
 寝ていたのです、きっと。
 忘れてゆく、昨日。
 すべて忘れたらそこは静かになりました。
 すっかりそうなりました。
 静か。
 その夜はそれでした。
 静かで、静かで、静かで静かで静かで。
 静まり返っていた夜でした。
 夜行性の鳥たちもその日は鳴かずにじっとしていたのでしょう。
 いつもはどうか知りません。
 でも、静かでした。
 要するに静かでした。
 どうしようもなく静かで、他には何もなかったような気もします。
 車は走っていたのか、走っていなかったのか、今となっては確かめる術もありませんが、静かだったことは明らかでした。
 その夜は。
 静かで。
 した。
 空には雲の切れ間に月や星々が煌めき、見上げた人々はうっとりと見とれたでしょう。
 声などありませんので、音もなく静かでした。
 歩行してる人はいたのでしょうか。
 いなかったのかもしれませんし、いたのかもしれません。
 一つ言えるのは、静かだったことです。
 風が吹きました。
 吹きませんでした。
 吹いたと言う人もいれば、吹かなかったと言う人もいます。
 人はいたのでしょうか。
 いたかいなかったか、街はあったのでしょうか。
 最初に戻ろうとしても、目と目がその先を求めます。
 どうなるのでしょう。
 何を言えるのでしょう。
 何を知るのでしょう。
 何を見て、何を聞くのでしょう。
 答えは一つじゃないそうです。
 考えろと一人言を言う人もいれば、自分自身に考えるなと言っている人もいます。
 忘れてください。
 その夜は静かだったそうです。

(終)

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