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ミき下の【スミつき】

脳の溶ける文章

【or lie】ep.2

 

 適当なことを言って、荷物をまとめておれはその場所を離れた。
 おれはその時おれが言ったことを覚えていない。ましてやその女の発した言葉も。
 エレベーターのドアが開く。
 ふらつきながら「1」を押す。ふと前を見て覗いた自らのにやけた顔面にはあの不細工な女が乗り移っていた。

 まただ。
 幻覚が。

 ライブしたいライブしたいライブしたいライブしたい。

 止まらない。

 ライブしたいライブしたいライブしたいライブしたいライブしたいライブしたいライブしたいライブしたいライブしたいライブしたいライブしたいライブ。

 嘘だ。ウソ。嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘。

 イブしたいライブしたいライブしたいライブしたいライブしたいライブしたいライブしたいライブしたいライブしたいライブしたいライブしたいライブしたいライブしたいライブしたいライブしたいダイブダイブダイブ。

 エレベーターから降り建物から飛び出るとすぐにバッグのファスナーを開けた。
 取り出したのはハンマー。

 消さなくてはならない。
 殺さなくてはならない。一刻も早く。
 でないとまた。
 繰り返してしまう。

 この手で息の根を。
 許されない。二度目は。
 でないとまた。
 繰り返。

 イメージは完璧だ。
 あの通りに。全く同じにやればいい。
 一発で。終わらせる。
 この手で。この右手で。

 意味を。価値を。今までを忘れろ。
 全部を。全てを忘れろ。
 殺せ。殺すんだ。

 おれはハンマーの柄を短く持ち、ためらいなく自らの頭蓋骨をかち割った。
 辺りに飛び散る骨粉はぱらぱらと音を立てて落ちてゆき、地面を白く染める。
 物凄い痛みが全身を襲っていた。
 おれは陽を浴びた雪だるまのように膝から崩れ落ちる。

 放り出された鉄製のハンマーは独り寂しく風を受け、めくるめく人たちが行き交う中、どれくらい頭を抱えうずくまっていただろうか。
 三十分かもしれないし、実のところ一分ぐらいかもしれない。何しろ意識が途絶えていたのだ。

 未だ留まろうとする痛みに堪えながらふと上空を仰いで片目を開けると、広がっていたのは満点の星空だった。
 それだけでなく、星たちが流星群のように舞っているように見えた。祝福か。
 それは、長い道のりを経て疲れ果てた探検家の眺めるオーロラのように、乾いた心を潤す神秘的な光景だった。
 心はその星たちと共に跡形もなく消滅した。

 帰りの電車で座席に座り携帯を開くと、二件のメールと三件の電話が入っていた。
 差出人を確認しようとして、忘れ物に気づき指を止めた。
 動くべきか。
 電車の出発には、あと八分の余白がある。

(終)

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