読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

【消失果実(ロスト・ベリー)】ep.1

「ちょっと飲まして」

 男子大学生の沢口は隣のドリンクに手をかける。
 グラスに口をつけて軽く一口飲む。
 お願いしたものの、それが何の飲み物か知らなかった。
 逆に知らなかったからこそ飲みたくなったともいえる。
 仲村のものが、見慣れない鮮やかな色をしていたので、飲めば何のお酒か分かるだろうと興味本位で事に及んだ。
 まず、爽やかな泡の粒たちが沢口の舌を刺激し、ほのかにアルコールが鼻に抜けた後、続いて果実系のツンとした酸味が残った。
「これ何? 何のやつ?」
 結局飲んでも分からなかったので反射的にそのカクテルの名称を聞く。
 あえて説明するなら、二度疑問符をつけることでやや強調気味に踏み込み、確実に答えを得る算段だ。
 生イチゴサワーだよ。
 恋人にしたい女優という話題で盛り上がっていた仲村たちだったが、算段が功を奏してか、あっけなく答えが返ってきた。
 だが、沢口はこの時三つのことに気がついた。
 一つ目は、名前に生が入っている、要するに中に果肉が入っているということ。
 二つ目は、飲んだグラス内をよく見ると中に小さな賽の目状の果肉が氷の表面を覆っていること。
 三つ目は、沢口自身がさっき口をつけた箇所にキューブ状の一かけの果肉がついていること。
 その三つの気づきを集約するに、沢口が仲村の生イチゴサワーを飲んだ拍子に中の果肉がこびり付いてしまったらしい。
 焦る事はないが、これは早めにどうにかしなければ。
 沢口はそう思った。
 そのドリンクの注文主である仲村や周りの友人たちに気づかれたら、少なからず不快な思いをさせてしまうかもしれない。
 意地汚い飲み方をするやつだと思われ、行く先々でからかわれ、恥晒しの人生を歩んでしまうかもしれない。
 そんなのはごめんだ。
 それだったら向こうが気づかないうちにこっちからアプローチしておこう。
 そう判断した沢口は、
「あっ、縁に付いてたわ」
そう言って取り皿に掛かっていた自らの箸を器用に操り、そのイチゴを挟んで口に運んだ。
 沢口の声のトーンは大したことのないオーラを放ち、ほとんど無駄のない動きで誰もが沢口の挙動に無関心だった。
 証拠隠滅。
 全てが順調に運んでいる。
 こんなことをしている間に沢口を除く三人は別の話で盛り上がりを見せている。
 作戦成功。
 そして、何事もなかったかのように話に加わろうとした。
 だが、その時気づいた。
 誰かにバレていたわけではない。
 だが。
 異変に気がついたのは、他の誰でもなく沢口自身だった。
「あれ?」
つい自然と声が漏れてしまった。
 それが思っていたより大きかったらしく、卓を囲んでいる三人が会話を止めて一斉に沢口の方を向いた。

 

(続く)