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【ワッツ】

「イクスキューズミッ?」

街中で信号を待っていると自分に向かってそう声がしたのだ。
 そちらに向くと、金髪の欧米風の白人がにこやかな表情で立っていた。
 もちろん知り合いではない。
 自分は英語など喋れない。
 出来たとしても中高の授業で習った程度だ。
 観光地の近くというわけではないが、グローバルな時代おかしいことでもない。
 高身長の男は少しどもってから、こう続けた。
「マイネィムイズワッツ」
 オーバーなアクションで自分を示した。
 外国人なのは分かっていた。
 別に本名なんてどうでもいい。
 ジョンだろうが、
 多分、コミュニケーションの取り方が違うのだと自分を納得させる。
「アィキャンスピィキングエングリッシュ」
 分かっている。
 英語を話せるのは第一声を発したときから、もっと言えば話しかけられる前から薄々勘付いていた。
 怪しい。
 さらに男はこう続けた。
「マイネィムイズワッツ」
 さっき言っただろう。
 なぜもう一度。
 自己主張の激しい男だ。
 青に変わった。
 躊躇せず、歩き始めた。
 すると、その男もついてくる。
 しかし彼も信号待ちしていたとすれば当たり前のことだ。
 そのまま振り切ろう。
 もしかすると、信号の待ち時間だけの意地悪な暇つぶしだったのだろう。
 その証拠に彼はもう話しかけては来ない。
 渡りきった。
 そっと振り向くともう彼の姿はなかった。
 ほっとして高架下をくぐり、駅の方へ向かっていく。
 改札の柱の前あたりで女の人が立っていた。
 女の人というか、女の子か。
 セーラー服を着ているところと背丈から中学生に見える。
 その子は自分を目にするなり、何を察したのか駆け寄ってきた。
「あの、この人知りませんか?」
 差し出された写真にはさっきの白人が写っていた。
「それなら、さっき」
 振り向いて探すが、もういなくなっていた。
 見当たるのはきょろきょろしながらうろついている一匹の野犬だけ。
「いたんだけどね、どっか行っちゃったみたい」
 残念そうに女の子は顔を俯かせた。
 その女の子の肩にそっと手を乗せる。
「大丈夫、まだ遠くへは行ってないと思うから。よかったら一緒に探そう」
 純粋な親切心から自然とそんな言葉が出ていた。
 顔を上げて笑みを見せる女の子。
 と思ったが、少し様子がおかしい。
「ワッツ」
 そのネイティブな発音の英単語は間違いなく、目の前の口から発せられていた。
 この発声、そしてこの声音は、先ほど横断歩道で待っているときに聞いたもの。
 目の前の子がワッツに変わっていた。
 だが、よく見ると首から上だけだった。
 胴体は中学生そのまんまで、顔と髪の毛だけが金髪の白人に様変わりしていた。
 気味が悪い。
 一瞬にして、平凡に過ごしていた日常が、異常な世界に一変した。
「マイネィムイズワッツ」
 さっきと変わらぬ口調で自らの名前を吹っかけてくる。
 空がうねって、紫に染まっていく。
 マイネィムイズワッツ。
 おかしい。
 マイネィムイズワッツマイネィムイズ。
 おかしいおかしい。
 マイネィムイズワッツマイネィムイズワッツマイネィムイズワッツ。
 おかしいおかしいおかしい。
 どう考えても。
 だって。
 この狭い区域でワッツなどという珍しい名前の人間が二人も存在していい筈がない。

(終)

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