ミき下の【スミつき】

Overturn Of Encephalon

【嗚呼、フォッカチオ】

ああ、フォッカチオ。

キミはどうしてそんなに美味しいんだい?
一回しか食べたことないけど、その美味しさは今でも覚えてるよ、鮮明に。
どっかのファミレスだったかな。
安い店で食べたんだ。
サンゼーリだったかな。
忘れちゃったけど、とにかく安かったのは覚えてる。
そこで安いスパゲッティを食べたんだ。めっちゃくちゃ安かった。
味はあんまり覚えてない。
そしてその後にフォッカチオ、キミを頼んだのさ。
追加注文だった、確か。
あ、でもデザートも頼んだから、最初に一緒に頼んでたんだっけ。
忘れちゃったけど、まぁ、とにかく頼んだんだ。
そのフォッカチオがめっちゃ美味かった。
あ、じゃなくて、キミはそう、皿に乗って出てきたんだ。
小さかった、確か。
皿が小さかった。
でも、キミはその皿に乗り切らないぐらいの大きさでボクは呆気に取られた。
それも、一つじゃなくて二つ、ん?
二人? 二匹? じゃない、二個?
ブラザーズで来たんだ。
ボクはしばらくキミを見つめていたよ。
すると、キミはボクに向かってウインクをしたのさ。
二人のうちのどっちがとかじゃなく、同時とかじゃなく、それはこの際どうだっていい。
そのウインクが示していたのは、ボクたちを食べてっていうこと。
ボクは涙を流したよ。
出会って間もないのに、すぐにお別れをしなくちゃならないなんて。
それも、ボクの手でキミたちを食べないとならないなんて。
カニバリズムにもほどがある。
あ、カニバリズムはあれか。
人と人だから、この場合はええっと、食事か。
そう思ったら少し気分が軽くなったよ。
キミたちの励ましに押されて、ボクはフォッカチオの一つを手に取った。
そして、顔面に思い切り擦り付けた。
あれが最後の挨拶だったんだ。
痛いよってキミは言ったけど、それでもボクはやめられなかった。
涙を流して顔面ぐしょぐしょの小麦粉まみれだったと思う。
皿に残ったもう一人は、心なしかちょっと頰を膨らませて笑いを堪えてたように見えた。
それに気づいたボクも、何だか耐えきれなくなって、笑いの吐息が漏れたんだ。
そしたら、ボクの手にいたもう一人のフォッカチオも笑い出したんだ。
それにつられて、皿の上の子も笑いが爆発したらしく大声で笑い出したんだ。
ボクは何だか嬉しくなったのと、これから食べられてしまうキミたちが大笑いしているのが心をごちゃごちゃにかき乱して、思わず泣いてしまった。
涙が止まらなくなったよ。
ひとしきり号泣したり、笑い合ったりを繰り返してるうち、そのファミレスの店員さんが心配して声をかけて来てくれたんだ。
ボクは何でもないですと、顔をぺらぺらのおしぼりで拭いながら言ったよ。
そしたら、店員さんは去って行った。
これ以上周りに迷惑をかけられない。
そう判断したボクは、いつの間にか皿の上に戻していたキミをもう一度手に持った。
そして、意を決して口に運ぶ。
長い時間をかけて平らげた。
でも、何だかとんでもなく悪いことをした気持ちだった。
皿に残ったもう一人は食べられなかったから、こっそりバッグに入れて持ち帰った。
それから、いつまでも友達でいれるように、その店で買ったオリーブオイル漬けにした。
自宅のテーブルの上にキミはいて、毎日色々な話をしたり、旅行に行ったりしている。
食べてしまったキミの味の感想はというと、外はさくさく、中はもっちりとしていて、味はちょっぴりしょっぱかった。

(終)